ぽこあぽこ日記

あらゆることをびぼうろく

【西郷どん】大久保利通の悪役っぷりが定番すぎるんだよね

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今週のお題「読書の秋」

 

数年前に知り合いに借りた 司馬遼太郎「翔ぶが如く」

  

by カエレバ

 

これね…ほんとうに面白くなくて完読するまでに4年かかったの。笑

1巻で挫折しかけたのは初めて。

途中4巻あたりでまた中だるみ。

オススメはしません。

オススメはしないけども

面白くないということは逆に言えば

他の司馬作品のようなファンタジックな歴史小説ではないということです。

だから何なんだ?

この本が面白くなくても完読できたのは

世の中のイメージとは違う西郷どんが描かれていたからかもしれない。

というか

誰が主人公でもないし誰にも肩入れできない

明治維新の混沌をただただ淡々と描いてくれているからこそ、4年の歳月をかけてでも完読できたのかもしれませんね。

 

 

 

大河の「西郷どん」は面白いけれど

前のめりになって観ているわけではないのだけど

今年の大河ドラマは思った以上にドラマとして面白いです。

オーラ出しまくり西郷どん、バカっぽさ出しまくり岩倉、エゴイスト出しまくり徳川慶喜、色気出しまくり桐野…

キャスト陣もがんばってる。

でもね

でもね

ドラマが佳境に入ってゆくにつれ

あぁ…やっぱりそうなるよね。西郷どんのドラマだもんなぁ…と思わされてる。

じっさい彼のご子孫も「あれはちょっと作ってるね」なんて話すこともあったそうで。

このまま西郷キラキラヒーロー説でドラマは幕を閉じるのだろうか。

ここから原作(林 真理子氏)の西郷観がどうなってゆくのか

対して大久保利通がどのように描かれてゆくのか

まだちょっとわからないので

西郷が亡くなるまでの1ヶ月弱、ドラマの最終回まで観とどけるつもり。

 

大久保利通はなぜそんなに人気がないの?

それにしてもね

人気がない…というより嫌われてる

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ウィキペディアより

 

例えば、地元の鹿児島で嫌われてるとしたらそれは仕方のないことかもしれない。

会津の方が薩長や徳川慶喜を恨むのと同じような感覚ではあるのかもしれない。

江藤新平のファンからしてみたら絶対に許せないヤツなのかもしれない。

しかしながら

なぜニッポン中にそこまで嫌われてるんだろうか。

大久保はそんなに悪いヤツだったのだろうか。

大衆心理って怖ろしい。

わたしはよく「パッケージ文化」って言葉を使うけれど

人間は人間のコアな部分よりもパッケージや付加価値や評価に惑わされる。

生きていてよく感じることだ。

わたしも惑わされているし

日々「人は人の本質を観ていない」ということをまざまざ見せつけられる。

西郷どんは銅像が立って

龍馬は本になって

あの岩倉具視でさえお札の顔になっているのに?

幕末において必要不可欠だった、維新後に近代国家の礎を築いた

当時の最高の政治家であった大久保利通が空気のような扱いだ。

 

岩倉がお札の顔になるくらいだったら大久保だろ?

 

くらいのことを言ってくれる人がいないだろうか。いたらちょっと恋に落ちてみたいくらいだ

 

国家観がズレてゆく中での対立

明治6年、新政府が出来て6年目にはもう、大久保と西郷は完全に対立していました。

「たられば」を言っても仕方ないけれど

もし西郷も大久保と同じようにニッポンを出てじぶんの目で海外を見てしまったら

ふたりは同じベクトルで進むことができたんじゃないかなって思う。

実際に欧州の文明を目の当たりにしてしまった大久保

一方で

大久保のいない間、国内を切り盛りするのに精いっぱいだった西郷

この違いは大きすぎる。

大久保は半年のつもりが2年も外国を視察していましたね。

プロシア(ドイツ)でビスマルクと実際に会ったことで

ニッポン国を「他国を侵略しない文明国」にする不退転な決意をした…

かどうかはわたしの想像だけれども、めちゃくちゃ影響を受けたのは間違いない。

大河ドラマの中では、なぜ大久保が帰国してから別人のようになってしまったのかが

観ているわたしたちにはまったく伝わってこない。

ある意味、西郷のパーソナリティを大きくするために意図的にヒールにされてる感が強すぎて「あぁ…やっぱり定番」と思わざるを得ない。

 

一方で

西郷が同じ時に何を考えていたかというと

ロシアは朝鮮国をハシゴして南下し、必ずいつかニッポンに攻めてくる説

もっぱら「ロシアの侵攻」でした。

最終的には国家を守るためにロシアと戦うことをふまえ、征韓論をとなえていた。

当時から朝鮮国は「危機意識や外交で動かせるような国ではない」と思われていたから

西郷自らが朝鮮に乗り込み

わざと無礼を働き逆上させた相手に殺されるのをきっかけに

朝鮮国を攻める計画を本気で考えていた。

これで同時に薩摩武士たちの不満も解消できる。

彼はピョンヤンへ行くために糖質ダイエットまでしている。本気(マジ)だ。

 

西郷は国家を守る(ロシアと戦う)目的のために薩摩を残そうとしたけれど

大久保の目は内政(国作り)に向いていて、アジア侵略の意識はまったくなかった。

このズレが行きつくところ西南戦争に結びついてしまう。

  

ニッポンをアジア初の近代国家にする…

モデルも前例もないところから手さぐりで始めるのだから

大久保以外の人間が彼を理解できなかったのは仕方のないことかもしれない。

だからこそ

ほんとうは幼なじみの無二の親友であった西郷と同じ方向で歩むことができたら

これほど心強いことはないだろうし

後の歴史も大久保に対する世間のイメージも違っていたのに…ほんとうに残念でならない。

 

要するにわたしは西郷どんよりも一蔵どんが好きなのだ

明治維新からのニッポン国の基礎作りが

一部の人間たちによる危なっかしい綱渡り状態で作り上げられたのはミラクルだ。

前代未聞の大改革です。

まるで大久保の独裁政治のようになってしまったのは

当時の民衆に政治に参加できる能力があるハズもなく、改革をすすめる人材も乏しく、ある意味強引に改革を進めざるを得なかったのだから仕方のなかったことでしょう。

 

「目的を達成するためには、人間対人間のうじうじした関係に沈み込んでいたら物事は進まない。そういうものを振り切って、前に進む」

 

自分の私情を挟むことなく悪役を引き受けながら維新を進めていったわけです。

また、大久保は金にも色にもクリアな政治家だったそうです。

独裁と言われながら私腹を肥やすことは一切なく

逆に私財を投じたり土地を担保に借金までして公共事業を実現させたので

彼の死後には大きな借金が残されたと言います。

暗殺された日の朝には

大久保はまさかじぶんが死ぬとは思わずこんなことを言っている↓↓↓↓↓

 

内乱も終わり、ようやく平和が訪れた

これで御一新(明治維新)の事業を前に進めることができる。

しかし

それには30年かかるだろう。

まず、明治元年からの10年は内乱の時代だった。これはすでに終わった。

次に11年から20年までは内治、つまり「富国」日本の産業を育てる時代。

わたしはこの時代を担当し国内の政務に尽くしたい。

最後の21年から30年の時代で、われわれの跡を継ぐ若き賢人たちに席を譲り

次の発展を待つ

 

西郷を死なせてしまった分まで

これからの10年で富国を目指そうとしていた矢先に暗殺されてしまって

ほんとうに無念だっただろう。

そして彼の死後、ニッポンは軍事国家への道を歩むことになってしまうけれど

これは彼が描いていた未来図とは違うものだったろうと思う。

だからやっぱり暗殺されてしまったことが残念で仕方がない。

あと10年、20年生きていてくれたら、また違った歴史が作られたかもしれない。

「たられば」言っても仕方ないけれどね。

 

おわりに

せめて、彼の功績を今の時代の人たちがわかってあげられますように…

大河ドラマを観ながら切に願ってしまったわたしです。

司馬遼太郎氏は言っている。

大衆は生真面目な明晰者を好まない。

明晰者よりも温情を愛し

正論よりも理想に憧れる。

もしかして今の政治にも同じことが言えるのかもしれない。

はたして現代の大久保利通は一体誰なんでしょうね。

 

\最後までお読みいただきありがとうございました/

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